Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル

   “やってなさいっての”
 


 長雨続きの梅雨が明けたのが八月に入ってからという、何ともスロースタートになったそのせいか。この夏は妙に短く、あっと言う間に通り過ぎそうな気が今からしていて。
「そいや、もう立秋過ぎましたもんね。」
「なんだお前? そんなもんに気が回っとったのか?」
 立秋を過ぎたら“暑中お見舞い”が“残暑お見舞い”になります。これは先々のため、知ってた方がいいかもです。でもでも、ここに集まりし猛者どもは、先ではどうでも今はそんな瑣末なことに関わってる場合じゃあないのも確か。夏休みが明けての新学期になったらすぐにも始まる、アメフトでの高校選手権大会への参加と、無論の快進撃を目指している勇士たちであり。目標はやっぱり、頂点に到達せし覇者のみが生き残る、決勝戦“クリスマスボウル”への出場で。その在校生の殆どが、スニーカーやローファー代わりにオートバイを乗り回し、柄が悪くて喧嘩や不良行為という方面の悪い噂ばかりが絶えないにも関わらず、所属することがステイタスででもあるかのようにこぞって憧れる、繁華街や街道筋の顔、所謂“族”で有名だった、賊徒学園高等部が。なのに…この数年は、とあるスポーツにおいてのみ、その名を全国へ広く轟かせていたりして。どのメディアでも“奇跡”だの“驚きの”だのとばかり扱われたのもしょうがないほど、先生がたでさえ後難を恐れてか諦めて、更生させるだなんて無理無理と投げてたほどもの不良たちだったのが。初年度の春こそ“審判への暴力行為”によって初戦でコケたけど…その後は順当に、我慢強さも養われての熱血スポーツ青年たちへと様変わり。こうまで名を広めるほどのダークホース校になれたのは、オートバイと同じくらいにアメフトが半端じゃないほど大好きだという主将の、並々ならぬ熱意とそれから。男気熱い彼への敬愛やら崇拝やらが半端じゃあない舎弟たちの、だからこそ堅い結束力&ただのヤンキーと一緒にすんじゃねぇ級の底力の発露。それからそれから、
『何やってるっ、そこの糞
ファッキンレシーバーっ! 相手の駒はどっから出てくっか判らんぞっ、全速力で喰いつかんかいっ!』
 ベンチから矢のように放たれる、それはそれはよく通るボーイソプラノによる、凄まじい檄一閃。辛辣且つ ちょこっとお下品な罵声にての指示を、そりゃあもうもう的確に出して下さる小さな悪魔様が、降臨したまいたお陰もあってのことだというのは、もはや誰の目にも明らかなことだったりし。冗談抜きにモデル業もこなしているんですよという、ずば抜けて愛らしい風貌に、カナリアみたいな伸びやかなお声。まだまだ細っこいその四肢を軽やかに振り回しての過激な応援もまた、賊学カメレオンズの名物であり。しかも、実は総長さん以上のアメフト狂な彼による貢献は、何も試合中だけのお話じゃあない。
“体力だけじゃあ足りないところ、あの子のお陰でずんと補えていたものねぇ。”
 小さな体から発散されてた、大人に負けない知識とそれから。疲れ知らずなんじゃなかろうかと思わせるほどものお元気さをもって。毎日のように練習に参加して下さっては、自分の倍はあろうかという大きなお兄さんたちを相手に怯みもしないまま、BB弾を詰めたマシンガン抱えて“走れ走れ”と追い回すわ、一定スピードをずっと保てないとセンサーが働いてのその結果、お尻が燃えても知らないよなんてな物騒な装置を、いつの間にやら全員の練習着のトレパンに貼っつけといてくれたりするわ。そうかと思えば、豊かな専門知識と情報収集力により、試合毎に的確なデータと練習法を伝授して下さるわ。そのついでに………夏休みの宿題やら補習対策ゼミなんてもの、高校生を相手に開いてはきっちりフォローして下さるわ。
(おいおい) そんな彼らが、その愛すべき総長さんとの思い出としては高校最後になるだろう、夏の合宿へと突入したのが、冒頭でも触れた長い長い梅雨が明けてからという八月の初め。某軽井沢の葉柱さんチの別荘と、そのご近所に借りたグラウンドにての、持久力とスタミナつけっぞ耐熱合宿が、今年も華々しくも開催されており。
『暑いのは結構へーきだろうがよ。』
 衣替えしてからもいつまでも、あんの長っとろい白ラン羽織って たりたり歩ってたほどなんだかんなと。やっぱり相変わらずのお口の悪さも健在な、小悪魔坊やのぶっかける辛辣な発破までもを気持ちの支えにしつつの“体力増強合宿”は。そんな口振り隠さぬ割に、実は…各々の体調を細かく観察してもいる妖一くんや、気っ風がよくって勇ましい女傑であるのみならず、救護の知識もお持ちで頼もしいメグさんによる、それは手厚いフォローもあっての恙
つつがなさ。既に日程の半分以上をクリアして、お盆直前の週末を迎えんという消化振り。こっちは誰の手柄やら、チアやマネージャーとしての女子部員も結構な頭数を確保出来てるお陰様、別荘の管理をなさっていただいている方々以外の増員の必要もないままに、三度の賄いも掃除や洗濯へもきっちり手が届いてこなせている合宿ではあったりした、その余裕か。はたまた、これこそがこのチームの馬力の調整弁。我慢や気遣いなんていう、本来は柄じゃあなくって慣れないことへの暴発を、自然と避けて来れてたサーモスタット、一服の清涼剤みたいなものなのか。ちょっとばかり困ったシーンも、時々 垣間見えることのある合宿だったりするのであった。(なんちゃって、なんちゃって、なんちゃって………。)








            ◇



  「…どうかしたのかい? あんたたち。」

 巷では、高校総体と高校野球が始まっての、いよいよの夏 真っ盛り…なんてことを言っており。お盆休みも間近い猛暑の中、水辺の事故と熱中症には用心をと、メディアが盛んに呼びかけている今日このごろ。今日の練習もハードながらも無事に終了し、風呂だ晩飯だ、ナイター中継だ。ルイさん、此処ってCSも観れましたよね、と。あれほどキツかった昼を、されどさすがは若いから順応力も高いのか、物ともしなくなってるお元気な連中。まだまだ寝ないぞと さわさわ賑やかなまま、高原の宵を各々で楽しく過ごしていたらしいのだけれど。ちょいと小洒落た洋館だった風情を色濃く残した拵
こしらえの一角。食堂や風呂場や中庭と、元は接客室でもあったらしいミーティング用の大部屋やちょっとしたホテルのロビーばりの広さのある玄関ホールを結んでる、真っ直ぐ長い廊下を進んでいたメグさん。途中の壁にあったドアの戸前にて、季節外れのお鏡餅かトーテムポールみたいに。上から段々に顔だけ重なるよになって、こっそり室内を覗き込んでる数人を見かけて、その足を止める。
「…あ、露峰先輩。」
「し〜。」
 不意な声へと肩が跳ねた者もいれば、涼やかな色合いのカットソーにフレアスカートという、学校ではなかなか見られなかろうフェミニンないで立ちのお姉様へ、お静かにと口許へ人差し指を立てる者もいて。どうやら中に誰かがいるのを覗いていたらしい模様。此処もまた、洋館だった名残りの色濃い間取りの一室。褪めた色合いの漆喰壁に、チャコールの深い茶が縁を引き締めてる窓枠が小粋な。天井まで届きそうな大きな窓が幾つも連なる、パーティーでも開いてらしたような大きめの広間。テラコッタを敷いたテラスも望めて、そこから中庭へと出られるガラス張りの、しかも観音開きの格子の扉なんかがあったりする、サロン風のリビングだったりするのだが、
「誰に遠慮をしてんだい。」
「いえあの、ですから…。」
 それが一年生だとして、夏のこの苛酷な合宿にまで居残れるのは、単なる族の一員以上に、体力や根気とプレイの巧拙のみならず、筋ってものの正しい通し方をもわきまえた人材でないとというのが必須だそうで。バリッバリの体育会系である彼らが気を遣う相手と言ったら、先輩と相場は決まっており。そんな先輩方の中でも最高峰の、我らが総長、葉柱さんが、窓辺の長椅子に身を置いているのが此処からも覗けて…しかもしかも。

  「…なあって、ルイ。な〜あ〜。」
  「ダ〜メだって言っとろうがよ、しつっこいな。」

 まだまだ空は明るいからということか。椅子の傍ら、立派なアンティークだろう背丈の高いフロアスタンドだけを灯しての、夏の宵を偲ぶ夕涼み。幾つか窓が開いているせいで、ずんと涼しいリビングだったから。大方、風呂上がりに涼みに来た彼らであろうに。サッカー地の涼しげなブラウスシャツに半ズボンという恰好の、相変わらずに小んまい坊やが。こちらさんもまたパジャマ兼用のいで立ちか、半袖のTシャツにトレパンという軽装でいる、縦に長いノッポな総長さんのお膝にまたがり、何をか懸命におねだりし続けているらしくって。それだけだったなら“ああ、またか”な光景なのだが。
「………珍しいね。」
「でしょう?」
 メグさんの呟きへ、先に覗いてた数人が意を得たりというお返事をすぐさま示す。前提条件があまりにもお馴染みであるが故、わざわざ詳細まで照らし合わずとも、相手もまた同じことへとピピンと来ているのが判る。そんな不審と違和感と。
「あの坊主がああまでストレートに何かねだってるってのも珍しいですし。」
「それをまた、あの総長が聞いてやらないってのも珍しい。」
 あのってのはどういう意味なんだろねと、そっちへも吹き出したくなったメグさんだったが、
「確かに、こりゃあ妙なことには違いないやねぇ。」
 決してお世辞にも“イケメン”とまでは言えないが、その精悍で肝の座った不貞々々しい佇まいには、それなりの男らが惚れるだろう、一端
いっぱしの重厚さが満ちていて。瞳孔が小さめなせいでの三白眼が、最も迫力を帯びる凄みの出し方睨み方、さすがは心得ている鋭角的な面差しに。冴えた印象を尚も引き立たせている、ぴしっと整えられた漆黒の髪。今はいかにも寛いでいるというお姿だが、日頃のトレードマークのあの長ランに、鎧われず着られずの余裕の着こなしがこなせているのは。きっちりと鍛えたその上で、無駄なく絞り上げられた体躯と四肢の、この上もない頑丈さと頼もしさがあってこそのものだろう。

  ――― そんな恐持ての総長さんだが。

 あのおチビさんに限ってのみ。一体どういう相性なんだか、手玉に取られ続けて はや2年と半年。しかもしかも、
「いくらおねだりしてるからったって、この暑いのに よくくっつけるよなぁ。」
 なあなあとすがってる勢いのせいもあろうが、懐ろ深くへ その身を擦り込むようにしている坊やであり。はたまた、何をか拒絶している割に、だからって追い払いたい気配までは、全くなさそな総長さんでもあり、
「あほ。暑いから鬱陶しいなんて言われて突き飛ばされたら、好きな度合いだけ どんだけ傷つくかを、さては知らんな。」
「…まあ、バロメータではあるわよね。」
 もはや“そういう痴話喧嘩”という前提の元に話が進んでる彼らであったのへ、メグさん、たまらず苦笑が洩れる。ふわふわした手触りの金色の髪を陽にけぶらせて、溌剌とした力みにぱっちり見張られし金茶の眸も、形が立ってて よくよく動く口許も、どこもかしこも生き生きとした、掛け値なしの美少年…だが。好奇心が旺盛なのへフットワークがいいのが高じて、怪我とかしないかが心配で眸を離せない。そんな“わんぱく破天荒坊や”の世話を焼くお兄さんと。重厚で精悍のみならず、喧嘩上等と背景に浮かびそうなほど、恐持てな風貌を裏切って。実は誠実で面倒見のいいお兄さんに、初見からそれを見抜いて懐いている小さな坊やと。
『構えってば構えよォ♪』
『うっせぇな、こちとら忙しいんだから良い子でいないか』
『は〜い』
 そんな種類の、愛らしくも罪のない ごくごく普通のじゃれ合いの図だったならば、間違っても身につかないだろう種類の 気の利かせよう。傍らにいたらばお邪魔じゃないか、向こうは意識しなくとも、こっちが何だか居たたまれなくなるんじゃかろうか。犬も食わないか馬に蹴られる、そんなものへの感受性。選りにも選って、こんな微妙な形で得ようとは、彼らだとても ゆめゆめ思わなかったに違いなく。
(苦笑) 察しがよくなって幸せなんだか複雑なんだか。

  “まあ、間違いなく忘れ難い高校生時代にはなったわよねぇ。”

 そりゃそうでしょうけど、他人の色恋で忘れ難くなるのって空しさの極みではなかろうか。
(苦笑)
“だって。皆にしてみても、ルイのことが好きだったからこそ、気を遣う…だなんて柄じゃあないこと、きっちり身につけちゃった訳なんだしね。”
 そう。だからこそ、気がついた。小さい子供相手にすげなく出来るかよという、半ば“しょうがない”という面倒そうなお顔だったものが、いつしか…笑ってる顔が見たくての“何でも叶えてあげましょうぞ”という姿勢へと変わるのに、さして時間はかからなくって。得も言われないほど可愛い子だから籠絡されたか、それとも負けず嫌いなところを絶妙に刺激されての売り言葉に買い言葉。出来ないならそう言えよなんて、果敢な言い回しをされたことへ、まんまと引っ掛かっての巧妙な使われ方を、懲りずにずっと、され続けている彼なのか。いやいや、実はそうではなくて。

  ――― 腕白で我儘で、何でも出来る小さな暴君が…案外と不器用だってこと。

 察しはあんまり良くない筈だのに、なのに知ってしまったからにはね。なあなあと懐いて下さる可愛げへ、誠心誠意、お応えしましょと頑張ってらっさる総長さんであるらしく。例えば…それは嬉しそうに駆け寄って来て、ひょいっとつないでもらった大きな手。よほどのことでもない限り、自分からは離したことがない坊やだってこととか。時折、自分の懐ろへ抱き込んだり、ぺたりと自分の頬やおでこへくっつけてる仕草なんてものを見ちゃったりすると。そしてそして、それへと気づいていながらも…微笑ましくも目許を細めるだけの、そんな総長さんであったりすると。それこそ総長さんしか見てないような、熱心な崇拝っぷりの舎弟の皆様に。彼が彼をどう扱いたいのか、伝わらない筈がないではないか。そして、だからこそ。

  「やっぱ、おかしいっすよね。ヘッドがあんな焦らすのって。」
  「つか、そうまで聞いてやれないことなんでしょか。」

 普通に考えればそうなるところだが、そうまでの無体、しかも合宿中に言い出す子だろうか。気にはなるけど、口を挟むのもどうかしらと。どうしたもんかと小首を傾げてた面々の気遣いも判らないではないけれど。
「…焦れったいねぇっ。」
 気がつかなかったならともかくも、目に入っちゃったんならしょうがない。ただの駄々こねにしては、坊やの喰いつきよう粘りようも尋常じゃないしと、
「何を揉めてんだい?」
 さすが女傑の大胆さ。こそこそ覗いてる方が疚しいってもんだとばかり、直接本人たちへと声をかけてしまえるところが、メグさんの肝っ玉の頼もしいところだったりし。
「おう…。」
「メグさん、聞いてよう〜〜〜。」
 話を逸らす切っ掛けにされて堪るかとでも思ったか。総長さんに先んじて、助け舟を求めるそぶりまで見せるとは。これはかなりのレベルにて、難攻不落な砦へ苦労している坊やであったらしくって。
“でも。ルイのお膝からは降りないのね?”
 憎まれ言われたとか、拗ねてた・怒ってたって訳じゃあないというところかな? まずはの目串を立ててから、
「………で? 何をにゃあにゃあと愚図ってるんだい?」
 ちょっぴり屈んで覗き込んだお顔。おでこに後れ毛が何本か、よくよく見ないと判らないけど張り付いているのが見えるから。これはなかなか一生懸命に頑張って、おねだりしていた坊やであったようであり。促されるまま、やはり真剣なお顔になっての陳情に入った坊やが言うには、
「あのな? 今晩、河原で花火大会があるんだ。」
「………あら。」
 そういえば。この辺りは閑静な別荘地だが、駅前から連なる通りに沿ってのそのまま、河原沿いに高原へと向かう進路を取ってのルート上には、観光客目当ての記念館だの工芸体験館だのが並んでいるし、あくまでもお料理がメインのお宿という、瀟洒な作りのお洒落なペンションも幾つかあって。そちらへお越しのお客様への納涼サービス、週末だけの打ち上げ花火大会とやらが、八月中はずっと催されることになっているとか。誰に聞いたか、買い出しに出た時にポスターでも見たものか。それを観に行きたいと駄々をこねてた坊やであるらしく、
「何だ、そんなこと?」
 そういや、昨年の合宿は海になったがその前は、やっぱり此処へと来ていた彼らであり。その時も、鎮守の森だかのお祭りと花火とを、夕涼みがてらに出掛けて観に行ったのを思い出す。何とも子供らしいおねだりで、こっちも高校生にもなっている身。褒められることではないながら、夜遊びにだって頻繁に出歩いてるから、花火大会くらいのリクエスト、聞いてやるのに何の障害もないはずだってのに、
「こっからでも十分観えるっての。」
 それこそゆったりと涼みながらの特等席ですよって賄いのおばさんが言ってたぞと、そうと言って譲らない葉柱へ、
「いいじゃんか。そんな遠くないんだし、観に行こうよ。」
 自分はどうしても現場まで行きたいのと、愚図っていた坊やだったらしく。
「はは〜ん。さては夜店の射的とかで遊ぶのが、お目当てなんだろ。」
 と、これは。三年生ながら同行して来てた銀さんの一言で。まだまだ小さかった坊やだったので、照準合わせをのみ担当し、撃つのは葉柱に任せての大活躍。夜店のおじさんを引きつらせてしまった一昨年の勇姿を、こちらさんもしっかと覚えておいでだった模様。やっぱ子供だよなぁと、のほのほした空気になりかかり、
「それもあるけどサ。」
 坊や自身も、ちょっぴり口ごもりつつ認めたその上で、
「でもっ。花火ってのは間近で観なきゃ意味ないじゃんか。」
「そか?」
 すかさずのように疑問符を投げて来た銀さんへ、
「そうなんだってばっ。」
 珍しくも勢い込んで言い返す。
「火薬の匂いとか“どどーんっ”て音とか、空気がビリビリってなるのとか。全部を引っくるめて花火なんだっ。」
「…っと。」
「そ、それは…まあ、うん。」
 なかなかの力説が、お兄さんがたを打ちのめし、されど。

  「それがどうした。」

 おおう。葉柱のお兄さんもまた、珍しいことには がんとして譲らない構えだったりして。
「何でだよ〜。」
「此処にだって音くらいは響いて来るから、必要がないって言っとるだろうが。」
 他でもないお気に入りの坊やから、こうまでの哀願を向けられても、ゆっさゆさと揺さぶられても動じないなんて、
“…そうは見えないけど、もしかして暑さ負けでもしてんのかしら。”
 見えないけど…は余計では?
(苦笑) すいっと手を伸ばして来、総長さんのおでこへ当てたメグさんへ、
「…熱なんかねぇっての。」
「あら失礼。」
 でもじゃあどうして? 坊やのみならず、来合わせていた面々の全員が、それぞれなりに怪訝そうなお顔になっていて。だってやっぱり訝しいから。坊やが望むことへなら、ましてや こうまで子供らしいことへなら尚のこと、骨身を惜しまず頑張る総長さんではなかったか。眠くたって疲れてたって、呼ばれればバイクを飛ばすか代車を用意し、破天荒な彼が思いつく危険なあれこれに付き合う時も、一応は叱るがその前に、望みを叶えて差し上げることをやっぱり優先する人なのにね。

  「………だから。」

 気の置けない方々からの、物問いたげな凝視のクロスファイアが…さすがに居たたまれなかったか。溜息混じりに肩を落とすと、ようよう重たげな口を開きそうになってくれた総長さんであり。………と、その前に。
「…え?」
 ひょいっと。不意を突いての素早い所作にて、向かい合ってた坊やの手を取ると、その前腕の内側の中ほどあたりを指さして、
「これ。いつのだ?」
「え?」
 訊かれた間合いが急すぎて、しかも言いようが省略され過ぎていて。何なに何のこと? ホントに意味が判らなかった坊やだけれど。お兄さんの指の先、よっく見ないと判らないほどの、小さな小さな治りかけの疵がある。大きさもシャープペンの先でちょんとつついた程度の点だったし、坊やの肌がずんと白いせいで、やっと判別出来てるような、そんなかすかな傷跡であり、
「えと…いつだったかな。」
 こうまで小さいんじゃあ、もしかして梅雨どきとかずっと前のだろうから。
「こんなの、いちいち覚えてなんかないってば。」
 いきなり妙なことを言い出した理解不能なお兄さんへと、口元を尖らせる坊やなのへ、

  「先々月、ウチに草刈りしに来た時のだよ。」
  「………はい?」

 まだ雨が多くて空模様がすっきりしない頃合いで。気温が安定しないからかな、薮蚊もなかなか出て来なくってと、話してた矢先にチクリとやられて。
「お前、痒いのが我慢出来なくて、すぐに掻いちまうから。たいがいカサブタが出来ちまうだろうが。」
 そういう子って、でも結構居るんだよな〜と。思いながらも…何となく。話の成り行きが見えて来た、気の利く人が何人か。口許がかすかに引きつっていて。………そう。つまりは、

  「もしかして………蚊、か?」

 わざわざ訊けば、大きく頷いての“yes”が返って来たりして。
「だから。こいつ、やっぱり子供だから体温が高いのか。俺はそうでもないよな時でも、あちこち刺されまくる方でよ。」
 しかもしかも、
「後がまた うるさいのなんの。」
 痒い痒いって、何とかしろと言わんばかりにいつまでも文句を連呼するわ、跡が残るからって止めても聞かずに、伸ばし気味の爪で気が済むまで掻き毟るわ。

  「回復や再生力が高い子供だってのに、先々月の跡が消えてねぇんだ。
   これからはすんなり戻らなくなるのか、
   それとも、蚊の刺し跡だってのが問題なのか。
   どっちにしたって色白なんだから、普通の刺された跡でも人より目立つ。
   そんなのがまたぞろ残るだろうと判ってて、
   山ほどの蚊が待ち受けてる夜中の河原に出掛けるなんて、
   許せる筈がなかろうよ。」

 一気に並べている間にも、ますますと気分が高ぶってしまったか。言い終えるとそのまま、ちょっぴり怒ってるような顔になり、ふんっと鼻息をついた葉柱のお兄さんで。

  「………えと。//////////

 そうですか。それで今からの外出なんて以
っての外だと、大反対しとられましたか。そういう種類の心配あっての“禁令”だっただなんてねぇ? メグさん以下、部員の皆様は呆れるばかりだったし、坊やは坊やで…返す言葉に詰まったまんま、う〜っとと困惑するばかり。(くすすvv)
“まったく、もうもう……vv
 なんてまあまあ、可愛らしいこと。親ばかの延長、子煩悩の亜種。それはそれは可愛がってて大切な坊やだから。刺されたところが痒いよう眠れないようと泣かせるのは忍びないし。可憐で綺麗な坊やだから。無残な傷やらカサブタやらを、あちこちへ散々に残させるのもまた忍びない。だから“花火なんか観に行かなくてもよろしい”と、頑として譲らなかった総長さんであり。
「えと………。/////////
「何だよ。」
 衆目の中にての自供となったことへ、総長さんよりも坊やの方が照れてるところがまた、何とも彼ららしい図だったけれど。このまんまじゃあ引っ込みもつくまいと察して差し上げ、

  「………よっし、判ったよ。」

 自分をまずは納得させるためなのか、お胸の前にたかだかと組んでた腕の上にて、うんうんと何度か頷いたメグさんが。
「こうしようよ。坊やは浴衣を着ること。」
 しかも、どんなに暑くても腕まくりとかは厳禁。いいかい? それと、
「それでももしも刺されてしまったならば、帰ってからは、痒み止めパッチを貼って、絶対に掻かないこと。」
 この二つを約束出来るなら、ルイも判らんちんなこと言わないで、ちゃんと連れてっておやんなさい。
「今みたいなカッコとか、タンクトップにハーフパンツなんてなカッコじゃあない分だけは、露出も減るから刺される率も下がろうしね。」
 勿論のこと、虫よけスプレーも吹き付けてくこと。それなら両方が譲歩してるんだ、我慢も引き分けで公平だろ? どんなもんだいと肩をそびやかしたメグさんであり、

  「そりゃあいいや。」
  「よーし、そんなら早速にも支度だな。」
  「おばさんに言って、浴衣を出してもらおうな。」

 わいわいと厨房の方へ出て行きがてら、いっそヘッドも着ちゃいますか? そんな声が飛んだことから。ようやく我に返れたか、馬鹿を言えとちょっぴり喧嘩腰に言い返してから。お兄さんのお膝の上で、あのね? まだちょっと…固まりかけてる坊やの髪を、長い指先を埋めつつ梳いてやる。

  ――― ま、そういう訳だ。
       せっかく綺麗な腕とか脚とか、跡だらけにすんのが忍びなくてな。

 防げるものなだけに尚のこと、だったら用心してやんなくちゃと。ついついムキになっちゃったらしくて。そんなお兄さんの胸元へ、俯いたまんま、頭のてっぺんをぽそんとくっつけた坊や。神妙な気持ちにでもなったのかと思いきや、
「………ルイのドリーマー。」
「何だよ、それ。」
 自分はあちこち傷だらけなくせによ、説得力がねぇってんだ。俺はそういうのが似合うタイプだから問題ねぇの。ルイも浴衣着ろ。やだね、暑苦しいし、お前んこと抱える仕事もあるし。
「………抱える?」
「河原に集まった人込みん中に入って観るんだろうが。」
 お前、そのままだと小さすぎて、空どころか、大人の頭とか浴衣の柄しか見えねぇぞ? 即妙なことを言うお兄さんへ、とうとう堪らず吹き出しちゃった坊やだったそうで。丸いのばっかじゃなくって、お前の好きな、柳みたいのとかネズミ花火みたいのがヒョロヒョロッて泳ぐのとかもあったらいいな。実はちゃんと覚えてたお兄さんへ、坊やも“うんvv”って嬉しそうに頷いて。今年はいつになく短い夏。頑張って思い出で一杯に埋め尽くしてくださいませね?と、これから揚がるらしい花火にしばしの主役を譲るお月様。相変わらずのお二人へ、くすすと微笑ってござったそうです。





  〜Fine〜  06.8.10.


  *はい、実は久し振りに“拍手小話”を更新しようと思いついたネタでした。
   途中から“外から見た彼ら”という構えになって…長くなっちゃって。
   それにつけても、お兄さんたら どんどこ親ばか度が増しております。
   他のメンバーの手前もあるんだから、しっかりしてほしいです、はい。
(苦笑)

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